2026-08

殺し屋

隠密不適正

午後三時を少し回った頃、向かいの席で社内資料を読んでいた蜂屋が、ふっと顔を上げた。「誰か来ますよ。まだちょっと遠いっすけど、こっち来てますね。急いではないと思います」「分かるの?」「足音するんで。たぶん一人っすね」「へえ」 楯岡にはまだ何も...
さいつよ

反照

私の情けない悲鳴が夜の山へ響いた次の瞬間、洞窟の中からものすごい勢いで白い塊が飛び出してきた。 何かが岩を蹴る音がしたと思ったときには、叔父虎が私の前を横切り、そのまま岩場の端まで駆けていく。低く身体を伏せて周囲を見回し、鼻をひくひくさせ、...
さいつよ

推測

「随分、憔悴しているね」 夜になって昨日と同じ岩場まで出てきたところで、フィロンは私を見るなりそう言った。岩の上から垂れていた白い身体が、するすると滑るように地面へ降りてくる。 昨日と同じ白蛇。赤い目。細くて長くて、動くたびにちょっと追いか...
さいつよ

恐怖

目を覚ましたときから、何かが変だった。具合が悪いわけではない。身体は重くないし、頭も痛くない。お腹だってちゃんと空いている。それなのに、いつもの朝なのに、どうにも落ち着かない。 夜、白蛇のフィロンと話したことも、最初から最後まで覚えている。...
さいつよ

同胞

ディオニュソスさんが誰なのかは、ひとまず置いておくことにした。知らない名前について考えても仕方がない。それより、こんな夜中にわざわざ私だけを呼び出した白蛇の方が気になる。白蛇は少し離れたところで身体を丸め、逃げるでも近づくでもなく、赤い目で...
さいつよ

んにゃ!

「おいで」 誰かに呼ばれた気がして、目を開けた。 洞窟の中は暗い。まだまだ夜だった。 入口の方から差し込む月明かりが、岩肌と寝床の端っこをぼんやり白くしている。私の鼻先にはきょうだいのお尻があり、背中側には別のきょうだいがくっついている。あ...
さいつよ

わうわうわう!

人間って、怖い生き物だったなあ……。 叔父虎の背中に腹這いになり、首の後ろからお尻の方へずるずる滑り落ちながら、私はしみじみ思った。 叔父虎は大きいので、背中のいちばん高いところまで登るだけでもけっこう大変。後ろ足で立ち上がって毛へ前足を引...
さいつよ

ただのアリア

今はもうこの世のどこにもいない、アリア・アルヴェーンについて。 アルヴェーンという姓は、かつて王都で知らぬ者の方が少なかった。王国の東部に広い領地を持ち、三百年以上にわたって王家へ仕え、大神殿とも深い繋がりを持つ古い公爵家である。 王の即位...
さいつよ

“勇敢なる若者 ラ・パウー”

白くて偉いもの氷嶺白虎の若者、ラ・パウーが、一番目の叔母のもとへ向かったのは、空気が少し柔らかくなった頃だった。叔母のル・ナワーが四匹の子を産んだと聞き、同腹のきょうだいたちの中で最も強く、最も速く、ついでにいえば最も賢い自分が、幼い従弟妹...
さいつよ

ぴにゃあ~

叔父虎が人間を吹き飛ばしたあと、森はしばらく静かだった。 あれだけ大きな音がしたのに、鳥の声ひとつ聞こえない。倒れた人間も起き上がらず、叔父虎は私たちの前に立ったまま、低く唸っている。 普段は私たちが飛びつきやすい角度にだらりと垂れている尻...