成り損ない朽縄

おれのだいすきなにんげん

『アナタ、アナタ。俺の大好きな人間。好きだよ。大好きさ』

「今日もご機嫌だなあ」

『アナタと一緒だからな。ご機嫌にもなるさ』

 ハブネークは身体を寄せ、太い尻尾の先をクリスピンの背中へそっと当てた。そのまま、撫でるつもりでゆっくりと上下させる。人間の手みたいには動かせないけれど、これが自分なりの触れ方だった。

「お前は甘えただなあ」

 笑いながらそう言って、クリスピンが頭を撫でてくれる。目の間から後頭部へ、鱗の向きに沿って手が滑っていく。ハブネークはされるがままに頭を低くして、もう一度だけ尻尾で背中を撫でた。

 幸せだ。

 ハブネークは、今がとっても幸せだと思う。

 そう思うたびに、昔はちっとも幸せじゃなかったなあと、しみじみ思った。生まれたときから身体が大きかったせいで、人間には狙われ、ザングースには追い回され、仲間のところへ行けば今度は勝手に頼られた。
 何かあれば前へ出ることを求められて、怖くなれば逃げた。逃げた先でもまた何かに見つかって、結局ずっと逃げ続けていた。

 守られるって、こんなに嬉しいことなのか。

 自分より小さなものに後ろへ隠れられるのではなく、自分が誰かの後ろにいていい。怖いものが来たら一人でどうにかしなくてもいい。怪我をすれば治してもらえて、腹が減れば飯をもらえて、何もしなくても撫でてもらえる。大きいからでも、強いからでも、役に立つからでもなく、ただハブネークだからここに置いてもらえる。

 ずっと頼られる側で、ずっと逃げ続けたハブネークは、この幸福にすっかり溶けていた。

 これが永遠だと言い切れるくらいに、馬鹿だったらよかったのにと悲しく思いながら。

おわるきょうのさいごもいっしょ

 窓から見える空は、茜色から深い藍色へ、ゆっくりと色を変えていた。
 クリスピンはテレビをつけたまま、机に向かって紙へ何かを書いている。真面目に書いているかと思えば、しばらくテレビを眺め、思い出したようにまたペンを動かすので、なかなか進んでいないようだった。レポート、というものらしい。

『アナタ。俺の大切な人間のアナタ。もうすぐ今日が終わるよ』

 今日が終わって、空が明日になる準備を始めている。

 そろそろハブネークもクリスピンも寝る時間だ。その前にご飯だけど。そこは大事なので忘れてはいけない。
 ハブネークは床に長い身体を投げ出したまま、紙とテレビを交互に見ているクリスピンを眺めた。

「お前はいつも呑気そうだなあ……」

『そう見えるかい? だったら俺は幸せなんだよ。アナタのおかげだ。ありがとう!』

 言いながら、機嫌よく尻尾の先を床へぺたんと落とす。昔の自分を知っている者が見れば、たぶん同じハブネークだとは思わないだろう。
 何かが動けば逃げ道を探し、物音がすれば身を固くしていた。それが今では、人間の足元で腹を空かせながら寝そべっている。呑気に見えるのなら、それはきっと、とてもいいことだった。

「ほんとになんでお前の性格、『のうてんき』とか『すなお』じゃないんだろうなあ。壊れてんのかな、この診断機」

 クリスピンの手には、見慣れない小さな機械が握られていた。性格診断機という、最近出たばかりの道具らしい。何度かハブネークへ向けて使っては画面を覗き込み、そのたびに納得がいかない顔をしている。

『その機械で俺の何かが分かるのか? そんなものよりアナタの眼で俺を見てくれよ。アナタが俺をのうてんきだって言えばそれが正しいし、すなおって言うならそれも正解なんだ!』

「どうやっても『おくびょう』って出るんだよなあ……」

 クリスピンは性格診断機をひっくり返し、裏側まで眺めながら首を傾げている。

 ハブネークはしばらく黙って、その横顔と、手の中の機械を見比べた。

『それ、信憑性あるよ。どこの会社?』

 シャーシャー、ガラガラ。蛇の声は通じなかった。

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