そのひがきたよ
『ザングースとは、話したことがないんだ。俺はハブネークで、彼はザングースだからね。彼は俺のことなんて気にも留めないくらい人間のそばで暮らすことに慣れてたけど、俺はザングースを見ると、噛みついて引きちぎってやりたいくらいには機嫌が悪くなってしまうから。だから話したことはない。だけどね、別に不幸になればいいなんて思ってたわけじゃないんだよ』
シャーシャー、ガラガラ。どれだけ長く話しても、クリスピンにはそんな音にしか聞こえない。クリスピンは適当な生返事だけ寄越して、部屋のあちこちをひっくり返していた。喪服のスーツを探しているらしい。
最後にクリーニングへ出して、そのまま奥のどこかへしまい込んだところまでは覚えているのに、肝心の場所が分からないようだった。引き出しを開け、押し入れを覗き、違う違うと呟きながらまた別の場所へ向かう。ずいぶん忙しそうだ。
『アナタ。いま外にザングースがいたよ。彼は育て屋に預けられてるんじゃなかったっけ。ねえアナタ。大好きなアナタ』
「あーはいはい。コマーシャルきたら行くからちょい待てって。お前の腹時計、忠実すぎだろ」
『あ、ザングースが行ったよ。知らない人と一緒だ。ねえアナタ、誘拐かもしれない』
どうやら喪服探しにも嫌気が差したらしい。クリスピンはハブネークの飯を作るという立派な大義名分を得て、つけっぱなしのテレビを眺めながら、のろのろと台所へ向かった。
その背中を見送ってから、ハブネークはもう一度窓の外を見る。ザングースはもういなかった。彼と、彼の大切なあの人が暮らしていた家の前から、とっくに姿を消してしまっていた。
知らない人間についていった。どこへ行くのか、ハブネークには分からない。あの家にはもう帰らないのかもしれない。それでもきっと、ザングースは大人しくついていったのだろう。
『あのザングースは俺よりだいぶ馬鹿だから、たぶん分かってないんだよ。だけど、ほかの奴らよりは少し賢いから、きっと分かってないふりをしてるんだ。俺には分かるよ。いつか俺もああなるかもしれないから、俺だけは彼を愚かだと言い切っていいのさ。彼はとても頭の悪い、人のなり損ないだった』
人のなり損ない。人間のそばで、人間と同じ家に暮らして、人間の言葉をたくさん覚えて、人間の顔色まで読めるようになった。それでも、人間にはなれなかった。人間のふりが上手になっただけの、ただのポケモンだった。
大切な人間が死んでも、その意味を尋ねる言葉すら届かない。どうして帰ってこないのかと聞くことも、どこへ行ったのかと確かめることもできない。分かってしまったとしても、分からないふりをして知らない人間についていくしかない。
俺は知ってる。分かってる。今からちゃんと覚悟をしている。いつか来るその日に向けて、何度も何度も考えている。だから彼みたいにはならない。大切な人間がいなくなったあとに、何も分からない顔をして待ち続けたりはしない。知らない人間に連れていかれながら、まだ帰ってくるかもしれないなんて思ったりもしない。たぶんね。
『俺はあんなに無様になりたくはないよ。ねえアナタ。俺の唯一のアナタ。ちゃんと捨てておくれね』
「お前、最近よく外見てるな。散歩行くか? ちょっと遠出するってのもいいな。……あ、そうだ。お前に紹介したい人がいるんだ」
『愛しいアナタ。楽しみにしてる。楽しみに……』
クリスピンは、少し照れたように笑っていた。その顔を見て、ハブネークはそっと、蛇の声であいしてると呟いた。俺の大切な、愛しい、たった一人のアナタ。悪い蛇になる前に、どうかお願いだから。

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