かわいそうなけだま
『ねえアナタ、俺のアナタ。大変だ。警察が来てるよ。ザングースの家だ。彼の大切なあの人は、いったいどんな悪さをしたんだ?』
窓の向こう、少し離れた家の前に何人もの人間が集まっている。見慣れない車も停まっていて、制服を着た人間たちが慌ただしく家を出入りしていた。
いつもなら庭先か窓辺にいるはずの白い毛むくじゃらの姿は見えない。
あの家にはザングースがいる。昔なら姿を見ただけで逃げ出していた相手だ。毒は効きにくいし、爪は痛いし、何よりあいつらはしつこい。今だって好きではない。好きになる理由もない。ただ、あのザングースだけは外で会う奴らとは少し違っていた。いつも首輪をつけ、妙に澄ました顔で人間のそばにいる。ハブネークがクリスピンの隣にいるのと同じように、あいつにも大切な人間がいるのだと思っていた。
「可哀想になあ……」
『可哀想? 警察が? あの人が? それとも、ザングースのことかい?』
ハブネークは窓からクリスピンへ顔を向けた。クリスピンは外を見たまま、すぐには答えなかった。その横顔がいつもより少し沈んでいるように見えて、胸の奥に嫌なものが落ちる。
「人って呆気ないよなあ……。ザングース、どうなるんだろ。うちでは引き取れないし、な」
『……ああ、そうか』
そこでようやく分かった。悪いことをしたのではない。もう、帰ってこないのだ。ハブネークはもう一度窓の外を見る。しばらくして、人間に連れられたザングースが家から出てきた。いつもの首輪をつけている。いつもの白い毛で、いつものようにどこかすました顔をしているようにも見えた。けれど、その隣にいるはずの人間はいなかった。
『可哀想なザングース。ねえアナタ、だから俺はアナタより先に死にたいんだ。分かってくれる? 可哀想なザングース。とても可哀想だ』
身体中が冷えたような気持ちになって、ハブネークは窓辺を離れた。クリスピンのところまで身体を寄せ、脚へ鼻先を押しつける。
もし自分だったら、と考えるだけで嫌だった。
朝になってもクリスピンがいない。腹が減って呼んでも返事がない。帰ってくるまで待てばいいと思って、いつもの場所でずっと待って、それでも二度と帰ってこない。そんなことになったら、自分はどうしたらいいのだろう。
「俺は長生きするからな。心配するなよ」
『よろしく頼むよ。お願いだ。約束だからね』
何も知らない声でクリスピンが笑って、いつものように頭を撫でてくれる。ハブネークは目を細め、その手のひらへ頭を擦りつけた。それが本当に約束になったのか、人間にはきっと分からない。それでもいいから、守ってほしかった。自分より先にいなくならないでほしかった。
可哀想な白毛むくじゃら。首輪をつけて、大切な人間の隣ですまし顔をしていた彼を思い出す。きっとあいつも、自分の人間がずっとそこにいるものだと思っていたのだろう。朝になればいて、夜になれば一緒に過ごす。呼べば振り向いて、腹が減れば食べ物をくれる。そんな毎日がある日突然なくなるなんて、考えてもいなかったのだろう。
ハブネークはクリスピンへいっそう強く身体を寄せた。可哀想だ。本当に、可哀想だ。
彼はもう、生きてはいけないだろう。

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