ずっとまえの みんなわすれたはなし
よくある事だ。どこか遠くの今は名前の無い土地で、豪族の家が族滅にあっただけの、戦乱の世ではあっちこっちによくある可哀想なことだ。
母親違いの4人のきょうだいと、もうすぐ生まれるきょうだいが1人。母親同士の軋轢はあれど、不思議ときょうだいたちは仲が良かった。尊き身分の母親から生まれた長子が、嫡子として確定されていたからかもしれない。
1つ下に生まれた弟の母親が、一番卑しい身分だったからかもしれない。その下の3人が女児だったからかもしれない。家を継ぐことを争いあう必要は無く、もうすぐ生まれたきょうだいもその母親曰く「女の子ですよ、腹の張り具合でわかるのです」との事だった。無事に子供が生まれるようにと願掛けに、部屋のあちこちに犬張子が置かれていた。この中の何匹かは、きょうだいで作ったものだった。下手くそなそれが、一番偉そうに飾られている。
何が悪かったのかと言われれば、運が悪かったのかもしれない。極悪人ではなかったが、権力者はそれだけで悪とされることもある。だから、仕方の無いことだった。
屋敷が焼けた。女たちの悲鳴が聞こえる。奥座敷に各々の母と共に潜んでいた妹たちが、穢される前にと命を絶つ。位の高い女の使い道は多い。使わなくても、殺し方も多い。いつも共に居た弟の手を握り、嫡子しか知らない道を通った。炎が空を舐める音を聞いた。男女の誰とも分からない、きっと知っている人間の絶叫を聞いた。炎に炙られた空気に焼かれて、手が熱かった。
「兄さん」
弟の言葉に何も返せなかった。周囲がうるさくて、聞こえなかった。呼ばれているということだけはわかっていた。後で聞く、後でいくらでも聞いてやる。だから黙って、言うことを聞いて、俺といっしょにきて。
「兄さん」
「ああ、ああ、分かった! 分かっている!」
「兄さん、もし私が先に死んでも、忘れないでくれるか。魂だけでも、共に置いてくれるか」
「分かっている分かっている分かっている! 俺たちはずっといっしょだ!」
「ありがとう」
突き飛ばされた衝撃で転ぶ、瓦礫が膝に刺さり皮膚を裂いて血が零れた。何を、と叫ぶ前に声が響いた。崩れ落ちる壁、炎、隠し通路ひとつ横の廊下から見える黒い鎧。
「我こそは智仁! 図迂戸家の嫡子なり!
屋敷は焼け、家臣も討たれ、もはやこの身ひとつ! されど、図迂戸家の誇りは消えぬ!
この首が欲しくば、斬りに来るがよい! ───────我が首、ここにあり!! 簒奪者共め、我と共に地獄へ堕ちよ!!!」
雨の降る音を聞いて、振り返らなかった。顧みることはなかった。尊き血を引く嫡子は討たれ、娘たちは自刃した。気まぐれに手をつけられた村娘が産んだ子供は、とっくに死んでいるだろう。戦火で焼け出された多くの子供の1人は、気がついたら炎が燻る崩れた屋敷の前に戻っていた。
1人いる、あと1人いる。もう数日で生まれるはずの妹は、まだ母親の腹の中にいるはずだ。井戸の傍で倒れている、女の亡骸の腹に守刀を当てて引いた。この中にいる。この中に、妹が1人いるはずだ。血はまだあたたかい。まだ生きている。
焼かれた女の腹の中にいたから、煮えた血の温もりが残っているだけ。妹だった。産声は上げなかった。つばきと名付けて、土に埋めた。
弟に名前を取られたままなので、代わりに弟の名前を拝借して生きている。父から教えられた【無用な争いを避け、世の中の流れにうまく適応しながら生き延びよ】という教えだけを抱えて、生きる義務だけ背負って生きている。
とっくに滅んだ図迂戸家の、逸初と呼ばれた子供の、よくある飽き飽きするようなくだらないお涙頂戴のどうでもいい話はこれでおしまい。とっぴんぱらりのぷぅ。
