愛と正義の『愛』担当の俺です 対戦よろしくお願いします

おもいで重ねて影が濃くなる

 

 買いたいものがあると連れてこられたのは、出来たばかりの店だった。並べられたものを見ると、ここは筆司がいるらしい。わざわざ京から来た職人がドクタケ城下で店を開いたという。「こういう店が出来るって、栄えてるってことなんだよな」と影鬼は嬉しそうに笑った。

「買いたいものはそれか」
「そ。持ってみて」

 影鬼は何本かの筆を用意させては、ひとつひとつ天鬼に持たせる。「私が持っても意味が無いだろう」と言えば、「きみのものなんだからきみが持たないと意味が無いの」と言い返された。

「私の筆を買う気なのか、支給品があるぞ」
「わかってるよ、しかも軍師様用にだいぶいいやつだろ」
「じゃあなぜ」
「『自分のもの』の方が嬉しいじゃないか。それにほら、仕事中はどうしても離れてしまうから、筆を見る度に俺を思い出す! なんて、プレゼントの良い理由になると思ったんだよ」
「……あなたがいなくても、あなたを傍に感じられるのか……それは、良いな」

 そうか。私のためにか。
理由もわからず次々と手渡される筆の試し書きにも、意味が乗った瞬間から価値がではじめた。この筆は少し握り心地が良くない。これは書き心地に違和感がある。これは色があまり好きじゃない。これは……。これは、影鬼が好む色と同じだ。

「書き心地はどう?」
「悪くない」
「綺麗な海松色してるね、筆管は竹かな。上手く染まってる」

 これがいい、これを買おう。財布を出そうとする前に、筆は影鬼の手にわたり「包んでくれ、贈答用だ」と店員へ渡される。綺麗に包まれた筆は、そのまま私の元へと戻ってきた。

「私の方が給金が良い」
「俺も年々基本給が上がっておりますので……これちょっと前にも同じ流れやらなかった?」

 プレゼントだよと言われては、受け取るしかない。ああ、嬉しいな。伴侶が私のために、私が喜ぶようにと、考えてくれた。

 こんなに幸せで良いのだろうか、つい先程出会った子供が頭に浮かぶ。あれは私だった。私と同じ存在だった。あの子供は、私と違ってひとりではなかったのだろう。ひとりに、してしまうところだった。

「一番の目的はきみへのプレゼントで達成したので、帰りながら何か良いものがないか見て回ろうか。手紙の紙が少し欲しいんだ」
「家族への手紙か?」
「うん。末のきょうだいもそろそろ生まれる頃だし、影鬼の名前じゃなくて逸初では送れるからね。さっきのチビを紹介した寺、あそこから送ってるんだよ。だから手間賃代わりに少々の寄付をしているってわけ」

 きょろきょろと辺りを見回しては、これは妹たちが好きそうだこれはおとうとが好きなやつだと購入していく。いまのところ、自分のものはなにひとつ買っていない。
 仕方の無いやつだなあと思うと同時に、やはり愛おしい。他人のためばかりで生きてる男だ。こういう人間を守るために、私は強くなったのだ。


 影鬼の背中の傷については、触れないことにした。

 今の私が覚えていないだけで、少し前の私は事情も込みにして知っているはずだろう。気軽に言えるような傷跡ではない、ならばわざわざ同じ説明を繰り返させる必要なんてない。いずれ思い出すその時に、こういう事だったなとひとりで納得すれば良いだけの話だ。

「何本簪を買う気だ? 影鬼の妹は頭がふたつでもあるのか」
「四人いるから喧嘩になったら可哀想だろう? 年頃だから日替わりで変えたっていいんだ」
「弟が一人で妹が四人か、次に生まれる子供は男と女のどちらだろうな」
「次に産まれる子も女の子だったよ。腹の張り方でわかるらしい、それで当たってるから凄いよな」

 そういうものなのだろうか、当てずっぽうのような気もするが、きっといままでのきょうだいもそうやって性別を当てられてきたのだろう。もうすぐ生まれるというのなら母親も随分高齢出産になるだろう。

「犬張子も送るといい、これは安産祈願と子供のお守りだから母君もきょうだいも安心するんじゃないだろうか」
「こいつは​──    ──だから」

 一瞬、誰の声かわからなかった。顔を上げると影鬼はいつもと変わらない笑顔で「縁起物だから一番でかいの買っちゃおうか! いや、送る時困るかな?」と私が言った犬張子を持っている。何も変わらない。私の知っているいつもの影鬼だ。


 言われただけの、記憶のない伴侶。それでも、伝えられた愛の分だけ私も影鬼を愛している。抱きしめ合って眠れる、想いあっていると信じられる、口付けを交わせる、そういう存在を、そうだからという理由以外で愛してしまった。

 手渡された理由以外でも、もうどうしようもないくらいに、私は彼を好いている。

 優しいところが、お人好しすぎるところが、誰かのためにする努力を厭わないところが、無頓着なほどに献身的すぎるところが、どうしても好きだ。
 だから、知りたい。早く思い出したい。何も覚えていない私がこれ以上、影鬼を傷付ける前に。


​───────『こいつは嘘つきだから』

 そんな、憎しみに満ちた声を、どうして。


「天鬼、行こう!」

「ああ……」

 影鬼、もしかしてあなたはまだ、戦火の影から出られてないのか。