裏切り者はゆるされない世界
知らない間に死ぬか生きるかの瀬戸際をギリで生き延びて何とかなった俺です。あっぶねえ~~自分を殺せる相手の前で呑気に爆睡してしまった。最近たるんでるのか? と思ったが、たるむ暇無くないか? 寝てるライオンの前で常にタップダンスしてるんだぞ俺は。つまりこれは……単に……寝不足……!
「よく寝ていたな」
「お恥ずかしい限りで……」
「あなただって私の寝顔をよく見ているだろう、おあいこだよ」
いえいえそんな……穏やかな理由ではありませんので……。まあやってしまったものは仕方ない。「君の隣だと安心して寝すぎてしまう」と笑いながら今日の予定を組み立てていく。団子食おう団子。あそこは饂飩も美味いからついでに昼メシということにしよう。
洗脳強化日と言えど、俺の休みでもあるのだ。日用品の買い出しもしたいんですよ俺は。食い物だけは潤沢に支給以外にも先輩方からあれ食えこれ食え送られてくるけど、手紙の紙やら墨は支給外だからそろそろ足りない。ちゃちゃっと着替えて外行きの格好になると、天鬼もいつの間にか着替えていた。
「じゃあ行こう」
手を差し出すと、俺と手を逡巡するように交互にみてからそっと手を乗せてくる。指を絡める握り方をすると「今襲われたら終わりだな」と不吉なことを言われた。ええ、今襲われないように利き手を取り押さえております故に……。
ドクタケ城下は栄えているが、その分だけ浮浪者や孤児も多い。人が多いところには働き口もあるからだ。峠の茶屋も関所の間にあるので、いつも必ず誰かがいるくらいには人気だった。単純に美味いしな、ここ。
「お兄さんいいもの持ってるね、貰っちゃお」
うどんを前にしかめっ面をしている天鬼の丼から、ちくわとかまぼこを奪い取る。代わりに俺の海老をあげような……価値的に2:1でいいか? 海老は1匹しかいないからよ。
「……ありがとう、確実に流通を止めたと思ったがまだ足りなかったか」
「そんな職権乱用ある? 城下は許してくれよ、代わりに俺が責任取って食べるから」
「冗談だ」
陣地への流通は確実に止めてる人間の冗談はなにひとつ信用ならん。腐りやすいものだからよほど生産地に近いとかない限りわざわざ陣地には仕入れないが、本当に流通ぶったぎってんだよなこの軍師……。こいつの好き嫌いで経済に影響が生じてるんだよ。
問題なくうどんを食べ終わった頃に、先に頼んでいた団子も届いた。これこれ、これがすき。三色じゃなくて上に餡子が乗せられてるんだ。
「こしあんと粒あんどっちが好き?」
「こだわりは無い」
「俺は粒あんだなあ、食べ応えするからちょっと得な気がする」
そんな他愛も無い会話をしていたら、ふと天鬼が前を見ていることに気付いた。特に殺気もなにもないから気付くのが遅れたが、鼻のたれたガキがひとりいる。見た感じ孤児だろう。ああいうのは店の前にいるだけで客が逃げるから、店主に見つかると棒で打たれる。
声をかけようと思った時に、目の端で天鬼が動くのが見えた。そのまま手首を抑えて止める。
「影鬼、なぜ」
「いいから。────おいチビ、お前何人でいるんだ。ひとりじゃないだろ」
今ここにいるのはチビとその後ろの草むらにひとりだが、住処には他にもいるかもしれない。案の定、目の前の子供は掠れた声で指を二本上げながら「しゃんにん」と言った。指一本足りねえぞ。
「年は?」
「だいにい、ここのつ。ちいにい、やっつ。あたい、むっつ」
「この峠の先に燈々寺って寺がある。そこの坊主が手伝いを探してるから行ってみろ。『逸初さんからの紹介です』ってな」
「……?」
「行けばみんなで団子が食えるぞ」
「……! あいっ」
懐紙に適当に紹介を書いてポイと投げ渡す。取り落として慌てて拾ったものを抱え、ガキはだいにいだかちいにいだかがいる草むらの中に戻って行った。どこかでもうひとりと合流して、運が良ければ寺に辿りつくだろう。
「……どうして止めたんだ」
食べる前の団子を分け与えようとしていた天鬼は、俺が止めたことが腑に落ちないようだった。いやあ、仕方ないだろう。
「ああいう子供はひとりじゃない。後ろにもうひとりいただろ、あいつらが欲しかったの団子じゃなくて銭だ。銭なら共有できるからな。
でも団子は、あのチビがひとりで食ってしまう。しょうがないよな、腹減ってる時に目の前に渡されたら我慢なんて効かないもんだ」
「……」
「そして『一人だけ良い思いをした』裏切り者は、群れから追い出されるんだよ」
「……そう、か。そうだな……。ああ、そうだった」
「施しを与えるなら全員に与えるべきってことだ」
このご時世だ、仕方ないことだ。天鬼は「考えが至らなかった」と猛省の姿勢だが、別にそんなに凹むようなことでもないと思うぞ。
「きみみたいな人間の方が人を救うんだ。真っ先に行動を起こせるところは美点でしかないだろ、誇ってくれよ。俺はきみのそういうところが好きなんだから」
燈々寺は俺が定期的に余った給金を送ってるので、俺の名前で多少の無茶ができるところだ。支援者ですので……。
「ところで、逸初とはなんだ」
「あれ、言ってなかったっけ。本名だよ。影鬼は業務上の偽名で逸初が本名。と言っても影鬼の方が長く使ってるから、逸初の方が偽名みたいになってるけどな」
「逸初」
「はい、いっぱつ逆転逸初くんですよ」
いい名前だろ? と笑うと、天鬼も深く頷いた。もうあまり使わないけど気に入ってんだ。
「そうか、私のこれも偽名だったな。私の名前は──────」
やべえ! こんな事で記憶戻るのか!? と怯える間もなく、耳元に寄せられた口から出たのは全く聞き覚えのない名前だった。平静を装いながらゆっくりと瞬きを繰り返す。『名を教えられた』という点で俺が驚いたと思ったのだろう、してやったりとした顔をしている。
「……いい名前だろう?」
「うん、素敵な名前だ」
「もう使わない名だ、あなたにだけ教えるからすぐに忘れてくれ」
「忘れられないなあ」
土井半助は、土井半助では無かった? これは新しい情報だ。いつどのタイミングで彼は名を変えた?
これでひとつ分かったのは、『土井半助』になり今に至る部分が抜けているという事実だ。少なくとも五年前からは忍術学園の教師をしていたし、確かあのころは新任教師と言われていた。
いまの六年生が一年の時に引率をしていたのを覚えている。俺がドクタケ忍者の特徴丸出しで歩いていただけで、「曲者ー!」「どけ! おれがやる!」と突撃してきた向こう見ずのチビ二人を回収して引き渡したからな。あいつらほんと俺に感謝しろよ、家の中でみたら曲者でも、お外でみたらオシャレサングラスのお兄さんなんだよ。一応あの頃は限定的休戦時期だったから俺がそこら辺彷徨いてても無罪だったんだからな。まあ、普通に情報収集してたけど。
五年前、それ以前の記憶から穴抜けになっている。子供じみた言動は無いから、元服したあたりまでは『土井半助』ではなかった? もしかすると教師になるあたりで改名したか。
改名が必要、狙われる身の上か? 顔は隠してないから、名が重要な存在。────家の問題? 族滅から逃れたのか。それなら名前を変える理屈もわかる。名こそ誉なら、武士の家柄か?
団子の最後のひとつを口に放り込んで、さてと手を叩く。
「買いたいものがあるんだ、付き合ってくれ」
とりあえず、考えるのはあとにしてデートをしようか。美味いものを食べたらそこら辺をぶらついて、前もこうやってそこらを2人で歩いたなんて、存在しない記憶を固めていきましょうね。
