ゆびさきにおちるいたみ
天鬼は伴侶の、誰かのための言葉を聞くのが好きだ。
思い出の中の家族を語る声や、ドクタケ城にいる忍者の子供たちのことを話す表情が好きだ。
自分では気付いていないのかもしれないが、彼らのことを教えてくれる時の影鬼はいつもよりずっと楽しそうで優しい顔をしている。これがこの人の本質で、人間性なのだろう。記憶を失う前の自分は、人を見る目だけはしっかりしていたらしい。
この戦乱の世で、たいした技術も持たずに叩き上げで忍者になって生き延びた。奇跡のような確率で、影鬼は生き延びてここにいる。だからこそ、忍術教室の手伝いをして子供たちに技術を学ばせようと頑張っているのだろう。本人が苦労をしたからこそ、他者を労わるようになったのだ。なんて素晴らしい心構えだろう。ドクタケには、愛と正義がある。その愛と正義を、影鬼はひとりでも補えているのだ。
愛しい人の頭を抱いて、呼吸が少しずつ安定して寝息になるのを見守っていた。この人は心配性だから、自分が寝るまで決して寝ない。心配性にしてしまったのは自分の不徳の致すところなので何も言えないが、たまにはこうやって眠るのもいいだろう。
自分とは違う手触りの髪を撫で、呼吸に合わせて背中にも手を這わせる。いつも影鬼がやってくれているように、子供を寝かし付けるように背中を撫でる。薄手の寝巻きで、肩甲骨や背中の筋肉の感触が指にでこぼこと伝わった。
「……?」
古傷だろうか、歪な盛り上がりが指にあたる。線のように長いそれに、指を這わせたまま確かめていく。それはゆっくりと、大きく円を描いた。
背を撫でる、さっきとは違うところにまた、盛り上がりが指に触れる。感触を逃がさないように、影鬼を起こさないようになぞる。先程の円の中、もうひとつの円。
まさかと思いながら、それよりも内側。小さな円の盛り上がりがあった。
「………………霞的」
血の気が引いて、背中が逆立つような怒りが沸いた。誰だ、誰が、誰が!
記憶があった頃の自分だって知らないはずだ。こんな古傷になるほどの昔、影鬼がまだ影鬼になるまえほど昔だろう。
誰かが影鬼を的にした!
背中に三重円の傷跡、寝巻きの上で指を這わせるだけでわかる盛り上がり、小刀か、くないか、それらで刻まれたものだ。意図のある、悪意のある傷だ。
ああ、ああ、だから嫌だ。だから嫌なのだ戦なんて。持つ者から命を奪い、持たざる者から尊厳を奪う。いやだ、いやだ。……嫌だ。
何も覚えていない天鬼の頭の中に、覚えのあるはずの無い映像が広がる。押さえつけられて背中に刃物で傷を刻まれて、的として逃げ惑う幼い影鬼の幻覚が頭の中に流れる。
ああ、いやだ。いやなことだ。いつも子供が酷い目にあうのだ。私も、影鬼も、きっと腹の底に同じ傷を抱いていたから惹かれあった。
天鬼は笑うことが苦手だ。そもそも感情を表に出すのが難しい。それでも、気付いてしまった伴侶の痛みを想ってはじめて涙が出た。
痛かったろうに、いちばん苦しかっただろうその時に、そばにいれなかった事が悔しくて涙が出る。この感情を抑え込めるまで、彼には眠っていてもらおう。寝息が穏やかなことだけが、救いだった。
