世界で一番超絶可愛い俺のザングース

ザングース は はしりさった!

 ザングースはNを引っ張り回して、あちらこちらを飛び回った。字のごとくそのままに、鳥ポケモンの背中に乗って、街から街へ、地方から地方へ。まず主人と住んでいた家へ行った。誰もいなかった。カーテンは外され、家具もほとんどなくなっていて、知らない人間から空き家だと言われた。だったら仕事場だ。主人が毎朝ぶつぶつ文句を言いながら向かっていた建物へ行ったが、そこにもいない。顔を覚えていた人間を見つけて近寄っても、こちらを見るなり困ったような顔をするばかりだった。主人が出張すると言っていた場所ならどうだ。予定が延びただけかもしれない。どこかで仕事をしているかもしれない。帰れなくなっただけかもしれない。探せる場所があるうちは、探せばいい。

 Nはほとんど口を出さなかった。ザングースが右へ行けば右へついてきて、乗り物が必要なら用意し、腹が減れば食べ物を渡す。それ以上のことはしない。ザングースにはその距離がありがたかった。あれこれ指図されたところで従うつもりなどなかったし、Nがいなければ一匹で同じことをしていただけだろう。ただ、ザングースはNの眼が嫌いだった。何も言わないくせに、何もかも理解しているとでも言いたげな眼。理解したうえで、その先にあるものまでとっくに諦めているような眼。しかもその色が、主人と同じだった。それが余計に腹立たしい。同じ色なら、同じように光っていろと思う。

 ザングースの知っているその色の眼は、いつだってうるさいくらいきらきらしていた。ザングを見つければ嬉しい。ザングに触れれば幸せ。ザングが飯を食えば可愛い。寝ていても可愛い。怒っていても可愛い。尻尾で叩かれてさえ喜んでいた。毎日毎晩飽きることなく、楽しい、幸せ、大好きだと、口より先に眼が喋っていた。同じ色をしているくせに、こんなふうに濁っているのはおかしい。そうであるべきではない。そうであってはいけない。だからザングースは、なるべくNの眼を見なかった。

 主人が出張先だと言っていたカロス地方へ着いたところで、Nは別件の用事があると言った。ついていく義理はないので一旦別れる。何時までにどこへ戻ればいいのかだけ聞いて、ザングースは一匹で街へ出た。ザングースは賢い。時間を指定されれば待ち合わせの場所へ戻るくらい容易いし、人間の街でどう振る舞えば余計な騒ぎにならないかも知っている。

 首元には綺麗な毛並みに少し埋もれるように、黒くてゆったりした首輪がある。主人が選んだものだ。野生ではなく、トレーナーのいるポケモンだと人間に示すためのものでもある。「お使い? おりこうね」と知らない人間が笑いながら声をかけてきた。そう、俺はお利口なんだ。良い子なんだ。だから主人に言われたことだって、ちゃんと守っていた。けれど、主人はいない。通りを歩いてもいない。店を覗いてもいない。人混みの中に知った後ろ姿はなく、何度鼻を動かしても、あのにおいはどこにも混じっていなかった。

 そうやって知らない街を歩き回っているうちに、ザングースはNに引き続き、二人目の妙な人間を見つけた。最初に思ったのは、でかい、だった。バカみたいにでかい男が、道の端に立つザングースを頭のずっと上から見下ろしている。身なりも髪もひどくくたびれていて、街を歩く他の人間とは明らかに馴染んでいなかった。「その眼には覚えがある」男が勝手に呟いた。話しかけているわけではないのだろう。ならば反応する必要もない。ザングースが無視して通り過ぎようとすると、「うしなったものに囚われ過ぎて、何も見えていないのだろう」と続けた。気に入らなかった。何を知っている。ザングースは足を止め、男を睨み上げた。人間でなかったなら、その長い脚へ爪の一本や二本くらい立ててやったところだ。男はそんな視線にも構わず、薄く笑ってそのまま歩いていく。むかついたので、地面へ長く伸びた巨体の影を後ろからげしげし踏みつけてやった。それでも振り返らない。ますますむかつく。

 けれど本当は、男の言葉そのものより、その姿を見る方が嫌だった。薄汚れて、くたびれて、何かひとつだけをずっと探しているような男だった。周りには人間もポケモンもいくらでもいるのに、それらをひとつも見ていないような眼をしている。そのくせ、もうどこにもないものだけは今でもはっきり見えているようだった。

 ザングースは、その眼を知っている気がした。Nを見たときとは違う。あいつの眼には諦めがある。この男の眼にあるのは、諦めきれなかったものだ。失ったまま何年も何年も抱えて、手放せなくなって、他のものなんてどうでもよくなってしまったような何か。見ているうちにひどく胸糞が悪くなった。あの薄汚れた男と自分は、嫌になるほど似通っている。同族嫌悪。おぞましいものを見た気がして、ザングースはもう一度その影を強く踏んだ。

 男が通り過ぎる直前、小さな声が落ちた。「何を犠牲にしても、」続きは聞こえなかった。男はそのまま人混みの向こうへ歩いていってしまった。それなのに、その言葉だけがいつまでも耳に残った。何を犠牲にしても。ザングースは立ち止まり、しばらく動かなかった。そうだな、と思った。もし、いつか。何か大切なものをなくしてしまったとしたら。[何を犠牲にしても取り返したい]と思うだろう。他人でもいい。知らない誰かでもいい。大事にしていたものでも、自分自身でも、なんだっていい。それを差し出せば取り戻せるというのなら、きっと迷う理由なんてない。取り戻すことができたなら。もう一度だけ、会うことができたなら。

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