赤いメッシュの入った白髪に、常に何かへ腹を立てているような不機嫌そうな顔をした少年と、黒いパーカーを着た、口を開けばだいたい調子のいいことばかり言う少年が、校舎裏のベンチで昼食を食べていた。見た目だけなら、どうしてこの二人が一緒にいるのかと首を傾げられそうな組み合わせだが、実際のところはかなり仲がいい。白髪の少年が買ってきたサンドイッチから嫌いな野菜だけ抜いて押しつければ、パーカーの少年は文句を言いながら食べるし、代わりに自分のポテトを勝手に何本か寄越してくる。今日もそんな調子で、授業中に教師が盛大に言い間違えた話だとか、購買の新作パンが微妙だったとか、本当にどうでもいい話を延々としていた。だから、ほんの一瞬だった。パーカーの少年が笑ったまま身体を後ろへ反らし、何の気なしに転落防止用の金網へ背中を預けた。ガシャン、と嫌な音がした。
「カイン!! 」
「っとおおおおお! あっぶねえ! サンキュサンキュ! 俺とお前は……ズッ友だょ……! 」
老朽化していた金網が外側へ大きく傾くより早く、白髪の少年は反射的にカインのパーカーを掴んで、自分の方へ思いきり引っ張り込んでいた。勢い余って二人ともベンチへ倒れ込み、食べかけのサンドイッチが袋の中で潰れた。そんなことはどうでもよかった。数秒遅れていたら、こいつは落ちていた。嫌な予感はしていたのだ。なんとなく、この金網に寄りかかったら危ないような気がした。そういう根拠のない不安を、また考えすぎだといつものように押し込めた直後だったから、余計に腹が立つ。白髪の少年はじとりとカインを睨みつけ、その肩や背中を容赦なくばしばし叩いた。考えなしのアホ馬鹿間抜け。俺がどんな気持ちで。
「いって! いってえって! 助けてもらったのに追加ダメージ入ってんだけど!? 」
喉まで出かかった言葉を飲み込んだところで、「大丈夫か! 」と教師が血相を変えて飛び込んできた。白髪の少年は一秒で表情を戻すと、さっきまで命綱みたいに掴んでいたパーカーをぱっと放し、カインを教師の前へ思いきり突き出した。
「こいつがふざけて壊しました」
「なん……だと……! 」
「えっ、ちょ、待って!? 俺被害者! 今の俺めちゃくちゃ被害者側だよね!? 」
教師に首根っこを掴まれ、そのままドナドナと連行されていく親友を、白髪の少年は腹を抱えて指差して笑った。カインは廊下の向こうへ消えるまで「裏切り者ー! 」と喚いていた。その声が聞こえなくなるまで笑ってから、残された昼食を片づける。潰れたサンドイッチを袋へ押し込み、カバンに突っ込んで、そのまま教室へ戻った。午後の授業は普通に受けた。教師の話も聞いたし、ノートも取った。昼休みの騒ぎを聞いたクラスメイトに「カイン落ちかけたんだって? 」と聞かれれば、「馬鹿だからな」と笑って返した。本人が教師から解放されて教室へ戻ってきたときには、「お前マジ覚えとけよ」と肩を小突かれたので、「反省文頑張れよ」と笑ってやった。いつも通りだった。何もおかしなところなんてなかった。
けれど、胃の中だけがずっとおかしかった。昼休みに食べた、カバンの中で混ざってぐちゃぐちゃになったサンドイッチ。その残骸が腹の中でさらに細かくされているところを想像した途端、込み上げてきたものを堪えられなくなった。休み時間になってすぐトイレへ行き、個室へ入るなり少し吐いた。量は大したことがない。酸っぱい胃液と、ほとんど形の残っていない食べ物が便器の中へ落ちる。それだけなのに、身体はそこからなかなか戻らなかった。便座の蓋を閉じて座り込み、背を丸める。呼吸が浅い。指先が冷たい。額から冷や汗が流れて、制服の襟元がじっとり濡れている。足が震えて、立とうとしても膝にうまく力が入らなかった。胃がぎゅう、と勝手に縮んで、また吐き気が来る。口の中がすっぱい。何度唾を飲み込んでも嫌な味が消えない。
あと少し遅かったら。あの金網が、あと少し早く外れていたら。自分がカインの服を掴めていなかったら。考えるな、と頭の中で言っても止まらない。落ちる背中。伸ばした手が届かない。下を覗き込む。そこにいる。動かない。そんなものは実際には起きていないのに、脳だけが勝手に続きを作ってしまう。ぼたぼたと、太ももの上へぬるい水滴が落ちた。最初は汗かと思った。違った。白髪の少年は顔を伏せたまま、しばらく自分が泣いていることを認めなかった。
昔から、大好きな誰かに置いていかれる夢をよく見る。顔はいつもはっきりしない。名前も聞こえない。ただ、自分にとって何より大切だった誰かが、自分を残してどこかへ行ってしまう。どれだけ追いかけても届かない。待っても帰ってこない。泣いても、怒っても、良い子にしても、悪い子になっても、二度と会えない。最近、その誰かはカインのような気がしていた。もちろん、そんなわけはない。カインとは今こうして同じ学校へ通っているし、昨日だってくだらないメッセージを夜中まで送り合っていた。今日も昼飯を食って、馬鹿みたいに笑って、危うく落ちそうになって、それでもちゃんと助かった。何ひとつ失っていない。全部ただの妄想だといいんだけど、と。見た目に反して繊細で、そのくせ妙に意地っ張りで、辛抱強いせいで限界までストレスを溜め込んでしまう少年は、狭いトイレの個室で頭を抱えた。幸せに生きたい。幸せに、なりたい。こんどこそ。……こんど、こそ……? ………………?

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