世界で一番超絶可愛い俺のザングース

ザングース の かぎわける こうげき !

 ザングースは初心に戻ることにした。もしかしたら、ただ行き違いになっているだけかもしれない。きっとそうだ。そうに決まっている。一旦育て屋へ戻る、とNに伝えると、Nは少し困ったような顔をぎこちなく作って、「そうかい」とだけ言った。それ以上は何も聞かず、そのまま育て屋まで送ってくれるというのだから、たぶん良い奴なのだろう。こんなときでなかったら、もっと素直にそう思えたはずだ。けれど今のザングースは、あちこち探し回って、何度も期待して、そのたび何も見つからなくて、心の中がずっとささくれ立っている。我ながらずいぶん態度が悪いという自覚はあった。主人が帰ってきたら、一緒にNへ頭を下げてやってもいい。主人はこういうとき妙に律儀だから、きっと「ザングがお世話になりました! 」とか言って深々と頭を下げるだろう。そうしたら自分も隣で少しくらい頭を下げてやる。それでいい。

 育て屋の近くまで来ると、空から入るのは妙に目立つからと徒歩になった。途中で通る森は、主人と何度も歩いた場所だった。道の脇に生えた木も、少し先にある小川も見覚えがある。そういえば、ここを一緒に突っ切ったあとにノミをもらったことがあった。主人が笑いながら「お風呂入らなきゃな~」と言ったせいで腹が立って、湯船の底へ何度も沈んでやった。あとからノミ取り粉があると言われたが、そんなものに頼るのも癪だった。

 今思えば、ずいぶんくだらないことで意地を張ったものだ。思い出したら少しだけ腹が立って、少しだけ懐かしくなった。そのままイライラともやもやを抱えて不機嫌に歩いていたとき、ふと鼻先を何かがかすめた。知っているにおいだった。ザングースはぴたりと足を止めた。風に乗って流れてきた、ほんのわずかなにおい。あまりにも薄くて、気のせいだと見過ごしてもおかしくないくらい微かなものだった。

 それでも間違えるはずがなかった。全身の毛が一斉に逆立ち、しっぽがぶわりと膨れる。顔を上げ、鼻をひくひく動かして風を追った。右。違う。左。もう少し奥。心臓がどくどく鳴って、胸の中が一気に熱くなった。いた。やっぱりいた。ほら、やっぱり行き違いだったんだ。『いた! 』主人のにおいがする!

 ザングースは走った。Nが後ろで何か呼んだような気がしたが、聞いていなかった。木々の間を抜け、草を蹴散らし、においの濃くなる方へまっすぐ走る。主人はここにいる。見つけた。ようやく見つけた。何日待たせたと思ってるんだ。まず尻尾で叩いて、それから抱きついてきても少しの間は許してやらない。ポフレも最低十個だ。いや十五個。あいつならきっと笑って買う。そう考えながら駆け抜けた先にあったのは、主人ではなかった。黒いコートだった。毎朝、主人が仕事へ行くときに着ていたものだ。真っ黒で、少し洒落た形をしていて、ザングースの白い毛がつくととても目立つ。主人は朝になるたび粘着ローラーを持ってきて、「ザングの分身が今日も大量についてる」と笑いながら一本一本丁寧に取り除いていた。そのコートを着ると、家の中ではあんなにぐだぐだしている主人が、急に仕事のできそうな人間に見えた。背筋を伸ばして鞄を持ち、いつもより少し低い声で電話なんかしている姿を見るたび、人間というのはうまく化けるものだなと思っていた。だから、そのコートを見間違えるはずがなかった。

 ただ、どうしてそれがこんなところにあるのかは、よくわからなかった。石でできた十字架に引っかけられている理由も、よくわからなかった。周りの地面だけ草が整えられていることも、足元に花が置かれていることも、その花のいくつかが枯れていることも、よくわからなかった。コートから主人のにおいがするのに、主人自身のにおいがどこにも続いていないことも、よくわからなかった。わからないことにしていた。わからないふりをしていた。わからないという流れにもっていこうとしていた。わからないという設定でいこうとしていた。これはきっと、わからなくていいことなのだと思い込んだ。自分にはわからないはずだと、何度も何度も言い聞かせた。

 

 ザングースはとても賢かったので、本当は全部最初からわかっていた。

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